もしも自分の練習に・・・
もしも試合に出るとして、
自分の練習をするとしたら、
プランがあります。
そこに一緒にしたい子がいれば、
一緒にするのもありかなと思います。
普段は、指導者と教え子なので、抑えている部分は多々あります。
これは、同じ立場で練習したとしたら、
プレーヤーとして「言いたいこと」満載になります。
そういう練習もいいと思います。
指導者の立場としては、言えないことも当然あります。
同じプレーヤーで、試合をイメージして、勝つことをイメージした、
練習であれば、プレーヤー目線でものをいうので、
普段の練習とは、3倍から5倍きつくなると思います。
練習意識、練習内容、練習強度、試合に対する準備など。
指導者の立場では、生徒に合わせる部分は絶対にあります。
プレーヤーとしては、自分に合わせるので、
生徒に合わせる人要がありません。
むしろ、「こっちに合わせられないのなら来る意味がないよね」
という感じになります。
より勝つために、よりいい練習をしたい。
その中で、必要でないことは必要でないということです。
指導していても、同じ立場で練習していても、
要はリスペクトしてくれて、何かを学びたいと思ってくれれば、
必ず強くさせられますし、そうでないのなら、
強化練習や、特別練習、選手としての練習は、
必要ないと思います。
要は、「本気で勝ちたいかどうか」であって、
「バドミントンに対する情熱、覚悟」があるかないかなんです。
同じ立場で練習するのであれば、
そういうものがない人とは、一緒に練習したくないものです。
それは、上手い下手、出来る出来ないではなく、
頑張るか頑張らないかという部分です。
僕はバドミントンばかりやってきたわけではないので、
バドミントンの独特で閉鎖的な部分は、あまり好きではありません。
「人間力」がない強い人はたくさんいます。
僕は、そういう選手は育てたくないので、
バドミントンをしていなくても、「人間力」がある選手を、
育成したいんです。
成果、結果を出している人はすごいですが、
偉いわけではありません。
そこに「人間力」はない人は、バドミントン以外の場所では、
やっていけません。
それって意味ある?と思います。
バドミントンが強くて、人間力がある。
そういう選手こそが、すごいですし、偉いと思います。
僕もそういう指導者になりたいですね。
僕は僕の練習がある。
君は君の練習がある。
あなたはあなたの練習がある。
僕が指導者として、負けない部分は、バドミントン以外のことも、
学んでいるということです。
そういう中で、同じ立場で練習するとしたら、
求めるものは高くなります。
先日、全日中の広島県の代表練習で、一緒に走りました。
選手と同じ空気感を感じたかったからです。
ものすごくしんどいんですが、そのしんどさを共有することで、
メンタル面は理解できることがあります。
現役中学生の県代表の選手と、
48歳のおじさんが同じだけ走れるわけではありませんが、
同じ空気感が大切なんです。
そういう中で、メンタルトレーニングの指導は出来ます。
同じ空気感、同じ空間で共有する時間が、
実はものすごく大切なんです。
田中信雄