小学2年生の子が「オリンピックに出る」といってもそれはちゃんとした夢だと思います。決して無理だとは思いません。すばらしい夢(目標)だと、僕なら思います。
僕が「オリンピックに出たい」というと笑い話にもなりません。
大人は小さい子の夢(目標)を尊重し、「君ならできるかもね、頑張ろうね」というべきです。
夢(目標)は、持っているものにしか、見ることはできません。
夢に「オリンピック」とか「世界一」がない子には、それにたどり着きません。
少年、少女よ、夢(目標)を持とう。
可能性が0でない限り、夢(目標)は叶うかもしれない。
周囲は無理だと言っても、大人が無理だと言っても、僕はそういう子を応援します。
オリンピックに出た人が無理だというのなら、仕方がない。だけど、オリンピックに出たことがない人が無理だと言っても、無理がどうかの判断はできません。
何故こう言えるのか。
全ての人が、小さい時から同じ競技をやっていて、成功しているわけではないからです。
親心として、指導者心として、夢(目標)を持ち、頑張る姿がある事、これだけでも素晴らしいと思います。
悔しい、嬉しい、楽しい、頑張るなど、そういう気持ちで、打ち込む姿が素敵だと思います。
そういう子を応援する。そういう気持ちにならせてあげる。
それが親として、指導者として、子どもに望むことです。
「これはダメだ」というよりも、「これが出来たら可能性はある」という方が、いいなって思います。
才能あるないに関わらず、頑張る事って大切だと思います。
日本伝統の相撲の親方は、すべてが横綱ではありません。
各スポーツの指導者がすべて金メダリストではありません。
僕は「才能」は後付けだと思っています。
実業団選手、プロ選手の全ての人が「才能あり」ばかりではなかったと思います。逆に「才能あり」の人が、実業団、プロ選手になれなかった人もいます。
子どもの夢(目標)は応援してやれる、否定してやらない。
これって大人にしかできない大切なことだと思います。
田中信雄